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医局がつらい。辞めたい。
それでも「ここで休んだらいけないんじゃないか」と思っていませんか。
私自身、医局人事をきっかけに心が限界を迎え、入職したその月に休職しました。
当時の私は、休職を考えるほど追い詰められていながらも、
本当に休んでいいのかという葛藤がありました。
この記事では、
医局人事が出てから休職に至るまでの経緯を、実体験として正直に書いています。
今まさに限界を感じている方に、
**「休職は悪い選択ではない」**ということが伝われば嬉しいです。
突然の医局人事
私は入局して1年目の終わり頃に、医局人事の話を持ちかけられました。
もともとその異動先は、
若手医師が一定期間、交代で勉強しに行く
という位置づけの病院でした。
”半年間”と打診されたので、「半年だけなら」と考え、
- 4月から勤務開始
- 10月に大学へ戻る
- 12月末で医局を辞める
という、自分なりのスケジュールも立てていました。
この時点では、
医局を辞める意思はすでにありましたが、
人事が出た以上はそこまでは全うしよう
と思っていました。
異動先で感じた違和感
異動先での勤務が始まってすぐ、
私は上司との関係に強い違和感を覚えるようになります。
その上司は、私の前に同じポジションで勤務していた若手医師について、
「本当に優秀だった」
「あれほどの逸材はいない」
という話を繰り返していました。
そしてある日、
私のことを「研修医と大差ない」と評しているのを耳にしました。
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※実際の表現は伏せていますが、当時の私にはもっと強い否定として受け止められる言葉でした。
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その日のうちに、もう限界だと思った
その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になりました。
優秀な前任者の話ばっかりする時点で、
「前の方が良かったって言いたいのかな?」と薄々感づいてはいましたが…。
私に対してそんなことを思っている人と、明日からも一緒に仕事するなんて到底できない…。
業務を終えたあと、同じ総合病院にいた精神科の先生に電話をかけ、事情を聞いてもらいました。
出来事を説明している途中から勝手に涙が出て話せなくなり、
ちゃんと話さなきゃと思っても涙が止まらず…。
自分でも驚くほど感情があふれてきました。
「これはもう無理だ」
「気合や根性でどうにかできる状態ではない」
と、はっきり自覚しました。
翌日から休職
その翌日から、私は休職しました。
「たった一言で?」
「半年だけの予定だったのに?」
そう思われるかもしれません。
「期限が決まっているつらさ」でも、人は簡単に限界を超える
ということを、身をもって知りました。
半年なら耐えられるだろうと思っていましたが、
それまで積み重なっていた疲労や緊張が一気に崩れてしまったようです。
休職という選択に至るまで
その後、医局長と教授と話し合い、いったん大学へ戻ることになります。
しかし、環境が変わっても、
心の状態は回復しませんでした。
最終的に私は、
「やはりこのまま続けることはできない」
と伝え、退職を認めてもらうことになります。
そのときのことについては、この記事でも紹介しています。
休職を考えるほどつらいなら、それは十分な理由です
この記事を書こうと思ったのは、
**「休職を考えるほどつらい人」**に向けて伝えたいことがあったからです。
あのとき休職しなければ、
私はもっと深く壊れていたと思います。
もし今、
医局がつらい、辞めたい、でも動けない
そう感じているなら、
どうか自分を責めないでください。



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